法廷意見
令和6年(受)第1694号 損害賠償、報酬支払請求事件令和8年7月7日 第三小法廷判決 主文
1 原判決中、上告人の請求に関する上告人敗訴部分を破棄する。
2 前項の部分につき、本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。
3 上告人のその余の上告を棄却する。
4 前項に関する上告費用は上告人の負担とする。
理由 上告代理人秋保賢一ほかの上告受理申立て理由第1の1及び第2の2について
1 本件は、上告人が、被上告人に対し、被上告人の従業員の重過失により、上告人が所有していた岐阜市東部クリーンセンター(以下「本件クリーンセンター」という。)内の粗大ごみ処理施設棟(以下「本件施設」という。)が焼損及び水損したと主張して、不法行為に基づく損害賠償等を求める事案である。
2 原審の確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
⑴ 本件クリーンセンターは、粗大ごみの分別処理や破砕処理を行う本件施設及びごみ焼却施設棟等から構成されており、上告人が所有していた。上告人は、被上告人に対し、本件クリーンセンターに係る運転、保安等の業務を委託していた。
⑵ 被上告人は、平成27年10月、上告人から本件施設内のコンベア下の金属板の亀裂部分について補修依頼を受け、従業員を当該部分の溶接作業に当たらせたところ、同人の重過失により出火した(以下「本件火災事故」という。)。本件火災事故により、本件施設の2階から4階部分に設置されていた上記コンベアから複数のコンベアに燃え広がり、本件施設は、屋根と壁の一部まで焼損するなどした。 本件火災事故による本件施設(延べ床面積4253.81平方メートル)の焼損又は水損の範囲は、焼損した面積が1280平方メートル、水損した面積が931平方メートルに及んだ。本件火災事故における上告人の過失割合は3割である。
⑶ 上告人は、本件火災事故により粗大ごみの処理を行うことができなくなった本件施設を修繕不能として解体した。本件施設は、鉄骨造及び鉄筋コンクリート造で、減価償却資産の耐用年数等に関する省令(昭和40年大蔵省令第15号)上の耐用年数が38年の建物であり、本件火災事故当時、竣工から約18年が経過していた。
⑷ 上告人は、本件火災事故後、第三者に業務委託し仮設破砕機を用いるなどして従前本件施設で行っていた粗大ごみの処理を行うようになり、令和3年3月までの間に、当該処理のための費用として消耗品費、仮設破砕機賃借料及び委託料等合計5億1451万円余(以下「本件代替処理費」という。)を支出した。
⑸ 上告人は、本件火災事故前、本件施設における粗大ごみの処理のために消耗品費、修繕料及び委託料等の費用を支出していた。本件火災事故後、令和3年3月までの間に支出を免れた当該費用の合計は3億9278万円余(以下「本件運転管理費」という。)である。
3 原審は、上記事実関係等の下において、被上告人は不法行為に基づく損害賠償責任を負うとした上、要旨次のとおり判断し、上告人の請求を一部認容した。
⑴ 上告人が本件施設を解体するために支出した費用(以下「本件解体費用」という。)は、本件火災事故が発生しなくても将来のいずれかの時点において生ずる費用であるから、本件火災事故と相当因果関係のある損害ということはできない。
⑵ 被上告人が上告人に対し賠償すべき額を定めるに当たっては、過失割合による減額をした後で、損益相殺として本件運転管理費相当額を控除すべきである。
4 しかしながら、原審の上記判断はいずれも是認することができない。その理由は、次のとおりである。
⑴ 前記事実関係等によれば、本件施設は、本件火災事故により火元から複数のコンベアに燃え広がり、広い範囲にわたり焼損又は水損したものであるから、修繕することが不可能又は著しく困難な状態となったということができる。 そして、本件施設の耐用年数や本件火災事故当時の経過年数、本件火災事故発生前の稼働状況等に照らすと、本件火災事故が発生しなければ、本件施設は相当長期間にわたって粗大ごみの処理を行う施設として使用される蓋然性が高かったということができるのであって、上告人において、本件施設を近い将来に解体する予定があったといった事情は見当たらない。そうすると、本件施設が将来のいずれかの時点において解体されるからといって、直ちに、本件解体費用の全部について、本件火災事故との相当因果関係が否定されることにはならないというべきである。 したがって、本件解体費用について、本件火災事故と相当因果関係のある損害ということはできないとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法がある。
⑵ また、本件施設の用途や性質等に照らすと、上告人は、本件施設に代わる新たな施設を取得するまでの合理的な期間については、不法行為に基づく損害賠償として、代替的な手段を用いて粗大ごみを処理するのに要した費用相当額の賠償を求めることができるというべきである。前記事実関係等によれば、上告人は、本件火災事故後、本件施設において粗大ごみの処理ができなくなったことにより、本件火災事故発生から令和3年3月までの間、本件施設に代えて仮設破砕機を用いるなどして粗大ごみの処理を行い、本件代替処理費を支出することを余儀なくされた一方で、従前、本件施設で粗大ごみを処理するために要していた本件運転管理費の支出を免れたものである。本件代替処理費と本件運転管理費は、いずれも本件火災事故発生前に本件施設が担っていた粗大ごみの処理を行うために要する費用として同質性があり、上告人は、本件火災事故によって本件代替処理費の支出に係る損害を被ると共に本件運転管理費の支出を免れるという利益を受けた関係にある。そうすると、上記不法行為に基づき賠償すべき額を定めるに当たっては、公平の観点から、損益相殺として、本件代替処理費相当額から本件運転管理費の支出を免れたことによる利益を控除すべきであり、控除後の残額が上記不法行為によって粗大ごみの処理について上告人が現実に被った損害となるのであるから、上記利益の控除は、過失割合による減額に先行して行うのが相当である。
したがって、本件施設が使用できなくなったため代替的な手段を用いて粗大ごみを処理した場合に、被上告人が不法行為に基づき上告人に対して賠償すべき額を定めるに当たっては、本件代替処理費相当額から本件運転管理費相当額を控除した後に、過失割合による減額をすべきである。
以上と異なり、過失割合による減額をした後に損益相殺として本件運転管理費相当額を控除すべきとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法がある。
5 以上によれば、原審の前記判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はいずれも理由があり、原判決中、上告人の請求に関する上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして、本件解体費用のうち本件火災事故と相当因果関係のある損害の額等について更に審理を尽くさせるため、上記の破棄部分につき本件を原審に差し戻すこととする。なお、上告人のその余の上告については、上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので、棄却することとする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、判示4⑵につき裁判官林道晴の補足意見がある。
補足意見(林道晴)
裁判官林道晴の補足意見は、次のとおりである。
私は、法廷意見に賛同するものであるが、本件運転管理費相当額の控除と過失相殺の先後について、補足して若干意見を述べておきたい。
不法行為に基づく損害賠償として加害者が被害者に対し賠償すべき額を定めるに当たり、不法行為により免れた支出又は得られた利益の控除を行うことについては、いわゆる損益相殺として議論がされているが、その中には、本件のように被害者が免れた支出を控除するもの(以下「支出節約型」という。)のほか、第三者から給付を受けた損害保険金や社会保険給付等の利益の控除をするもの(以下「第三者給付型」という。)もある。最高裁昭和63年(オ)第462号平成元年4月11日第三小法廷判決・民集43巻4号209頁(以下「平成元年判決」という。)は、労働者がいわゆる第三者行為災害により被害を受け、第三者がその行為によって生じた損害につき賠償責任を負う場合において、賠償すべき額の算定に当たり労働者の過失をしんしゃくすべきときは、上記損害の額から過失割合による減額をし、その残額から労働者災害補償保険法に基づく保険給付の価額を控除するのが相当である旨判示しているが、これは第三者給付型の損益相殺的な調整について判示したものである。第三者給付型では、第三者からの給付の趣旨、目的等に照らして、控除の可否、控除される損害項目の限定の有無、過失相殺との先後関係等が判断されることになる。これに対し、本件では、支出節約型の損益相殺が問題となっており、平成元年判決の射程は及ばないというべきである。 ( 裁判長裁判官 林道晴 裁判官 渡辺惠理子 裁判官 石兼公博 裁判官 平木正洋 裁判官 沖野眞已)