法廷意見
令和5年(オ)第360号、同年(受)第445号 地位確認等請求事件令和8年2月18日 大法廷判決 主文
1 原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
2 第1審判決中上告人敗訴部分を取り消す。
3 前項の取消部分に関する被上告人の請求をいずれも棄却する。
4 第1項の破棄部分に関する被上告人の附帯控訴を棄却する。
5 訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
理由 上告代理人春名茂ほかの上告理由及び上告受理申立て理由(ただし、排除されたものを除く。)について
第1 事案の概要
1 令和元年法律第37号(成年被後見人等の権利の制限に係る措置の適正化等を図るための関係法律の整備に関する法律。以下「一括整備法」という。)による改正前の警備業法14条、3条1号の規定は、被保佐人であることを警備員の欠格事由の一つとして定めていた(以下、上記規定のうち被保佐人であることを警備員の欠格事由として定めた部分を「本件規定」という。)が、同改正により、本件規定は削除された。
被上告人は、軽度の知的障害を有し、警備業を営む会社との間の雇用契約に基づき、警備員として交通誘導に係る警備業務に従事していたが、平成29年3月、被上告人についての保佐開始の審判が確定した。これに伴い、警備業法上の警備員の欠格事由の発生を解除条件としていた上記雇用契約は終了し、被上告人は、上記会社を退職した(以下、この退職の時点を「本件退職時点」という。)。
本件は、被上告人が、本件規定は憲法22条1項及び14条1項に違反し、国会が本件退職時点までに本件規定を改廃する立法措置をとらなかったこと(以下「本件立法不作為」という。)は違法であるなどと主張して、上告人に対し、国家賠償法1条1項に基づき、慰謝料の支払を求める事案である。
2 関係法令の定めは、次のとおりである。
⑴ 警備業法2条1項は、「警備業務」とは、事務所、住宅、興行場、駐車場、遊園地等における盗難等の事故の発生を警戒し、防止する業務(1号)、人若しくは車両の雑踏する場所又はこれらの通行に危険のある場所における負傷等の事故の発生を警戒し、防止する業務(2号)、運搬中の現金、貴金属、美術品等に係る盗難等の事故の発生を警戒し、防止する業務(3号)及び人の身体に対する危害の発生を、その身辺において警戒し、防止する業務(4号)のいずれかに該当する業務であって、他人の需要に応じて行うものをいう旨を定めている。
同条4項は、「警備員」とは、警備業者の使用人その他の従業者で警備業務に従事するものをいう旨を定めている。
⑵ 警備業法14条(平成16年法律第50号による改正前は7条)は、18歳未満の者又は3条1号から7号までのいずれかに該当する者は警備員となってはならない旨を定め(1項)、警備業者は14条1項に規定する者を警備業務に従事させてはならない旨を定めている(2項)。また、同法3条柱書きは、同条各号のいずれかに該当する者は警備業を営んではならない旨を定めている。
一括整備法による改正前の警備業法3条1号は、成年被後見人又は被保佐人(以下、併せて「成年被後見人等」という。)等を掲げていた。
3 原審の適法に確定した事実関係等の概要(公知の事実を含む。)は、次のとおりである。
⑴ 警備業法の制定及び改正の経緯等 ア 昭和47年以前は、警備業に対して特段の法的規制はされていなかったが、警備業者の増加に伴い、警備先における警備員による窃盗や暴行等の事案が発生していたことを受け、同年7月、警備業務の実施の適正を図ることを目的として、警備業法が制定された(同年法律第117号)。
その後、警備業は活動領域を拡大させた一方、警備業者による法令違反、警備員の非行等の問題が多発し、警備業務に対する社会的信頼の確保が喫緊の課題となったことを受け、不適格業者の排除、警備員の非行・不祥事の防止、警備員の質的向上を図るため、昭和57年7月、警備業法の改正(同年法律第67号。以下「昭和57年改正」という。)がされた。昭和57年改正により、警備員の欠格事由(7条)として、禁治産者又は準禁治産者(3条1号)及び精神病者(同条5号)等が掲げられた(以下、昭和57年改正後の同法7条、3条1号の規定のうち準禁治産者であることを警備員の欠格事由として定めた部分を「本件前身規定」という。)。
イ 平成11年12月、成年後見制度を導入することを内容とする民法の改正(同年法律第149号。以下「平成11年民法改正」という。)等がされたことに伴い、民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(同年法律第151号。以下「平成11年整備法」という。)による警備業法の改正がされ、3条1号の「禁治産者若しくは準禁治産者」の文言が「成年被後見人若しくは被保佐人」に改められた。
平成11年整備法による関係法律の改正前は、禁治産者又は準禁治産者であることを欠格事由とする規定が150余(準用規定を含まない。以下同じ。)存在したが、同改正により、そのうち公的な機関による選任及び罷免・解任等の個別的な能力審査の手続が整備されている法律に設けられた40余が削除され、残りの110余は成年被後見人等であることを欠格事由とする規定(以下「成年被後見人等に係る欠格条項」という。)に改められた。参議院法務委員会において平成11年整備法に係る法律案が可決された際には、政府等は、新たな成年後見制度の実施に当たり、残された成年被後見人等に係る欠格条項について更なる見直しを行うこと等について格段の努力をすべきである旨の附帯決議がされた。
ウ 内閣府に設置された障害者施策推進本部は、平成11年8月の決定「障害者に係る欠格条項の見直しについて」(以下「平成11年決定」という。)において、資格、免許又は業の許可等の欠格事由として障害者を表す身体又は精神の障害自体を掲げるなどする法令の規定の見直しを行うこととしたが、本件前身規定を含む禁治産者又は準禁治産者であることを欠格事由とする規定は、見直しの対象とはしなかった。
平成11年決定において、精神病者であることを警備員等の欠格事由とする警備業法の規定が見直しの対象とされたこと等を受け、平成14年11月、同法の改正(同年法律第108号。以下「平成14年改正」という。)がされた。平成14年改正により、同法3条5号の規定のうち精神病者であることを欠格事由とする部分が削除されるとともに、同条7号において、心身の障害により警備業務を適正に行うことができない者として国家公安委員会規則で定めるものであることを欠格事由とする規定が設けられた(以下、同号に該当する者であることを警備員の欠格事由とする同法7条(平成16年法律第50号による改正後は同法14条)、3条7号の規定を「7号規定」という。)。また、平成15年3月、警備業の要件に関する規則(昭和58年国家公安委員会規則第1号。以下「規則」という。)の改正(平成15年国家公安委員会規則第2号)がされ、規則3条1項において、同法3条7号の国家公安委員会規則で定める者は精神機能の障害により警備業務を適正に行うに当たって必要な認知、判断及び意思疎通を適切に行うことができない者とする旨が定められた。
エ 警察庁が公表した警備業者当たりの警備員数の分布の統計によれば、昭和56年6月末時点においては、警備員数100人以下の警備業者が全体の約93%、警備員数10人以下の警備業者が全体の約45%を占め、平成29年末時点においては、警備員数100人未満の警備業者が全体の約90%、警備員数10人未満の警備業者が全体の約35%を占めており、いずれの時点においても中小零細の企業が占める割合が高かった。
⑵ 障害者の権利に関する条約の批准及び国内法の整備等の経緯ア 平成18年12月、国際連合総会において、障害者の権利に関する条約(以下「障害者権利条約」という。)が採択され、我が国は、平成19年9月、これに署名した。
障害者権利条約は、全ての障害者によるあらゆる人権及び基本的自由の完全かつ平等な享有を促進し、保護し、及び確保すること並びに障害者の固有の尊厳の尊重を促進することを目的とし(1条前段)、障害者には、長期的な身体的、精神的、知的又は感覚的な機能障害であって、様々な障壁との相互作用により他の者との平等を基礎として社会に完全かつ効果的に参加することを妨げ得るものを有する者を含むと定義し(同条後段)、障害に基づくいかなる差別もなしに、全ての障害者のあらゆる人権及び基本的自由を完全に実現することを確保し、及び促進すること(4条1項柱書き)、並びに、このために、障害者に対する差別となる既存の法律、規則、慣習及び慣行を修正し、又は廃止するための全ての適当な措置(立法を含む。)をとること(同項⒝)等を締約国の一般的義務として約束する旨を定めている。また、障害者権利条約は、平等及び無差別(5条)及び法律の前にひとしく認められる権利(12条)に関する条項を設けているほか、労働及び雇用に関し、締約国が、あらゆる形態の雇用に係る全ての事項に関し、障害に基づく差別を禁止すること等の措置をとることにより、労働についての障害者の権利が実現されることを保障し、及び促進すること等を定めている(27条1項⒜)。
イ その後、障害者基本法の改正(平成23年法律第90号)、障害者自立支援法の改正(平成24年法律第51号。改正後の題名は障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律)、障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(平成25年法律第65号。以下「障害者差別解消法」という。)の制定及び障害者の雇用の促進等に関する法律(以下「障害者雇用促進法」という。)の改正(同年法律第46号)等が行われ、障害者権利条約の理念や差別の禁止等に関する基本原則が国内法に反映された。我が国は、これらの国内法の整備を踏まえ、平成26年1月、障害者権利条約を批准した(同年条約第1号)。
上記の改正後の障害者基本法は、目的規定において、全ての国民が、障害の有無にかかわらず、等しく基本的人権を享有するかけがえのない個人として尊重されるものである旨を明示し(1条)、障害者について、身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む。)その他の心身の機能の障害がある者であって、障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるものをいうと定義し(2条1号)、障害を理由とする差別の禁止等に関する基本原則(4条)を定めている。また、障害者差別解消法は、障害者基本法の理念にのっとり、行政機関等及び事業者における障害を理由とする差別の禁止等(7条、8条)を定めており、上記の改正後の障害者雇用促進法は、労働者の募集・採用時及び採用後における障害を理由とする差別の禁止等(34条、35条、36条の2、36条の3)を定めている。障害者差別解消法及び上記の改正後の障害者雇用促進法のうち差別の禁止等に関する部分(以下、併せて「障害者差別解消法等」という。)は、約3年の準備期間を経て、平成28年4月に施行された。
⑶ 成年後見制度の利用の促進に関する法律の制定等の経緯ア 平成22年7月、有識者や関係機関の担当者が参加した成年後見制度研究会において、成年後見制度の運用上の改善策に関する研究報告がされた。同報告において、成年後見の類型は主として財産の処分等に必要な判断能力に照らして決められているのであるから、成年後見等が開始したとしても、その余の能力が直ちに欠如しているとはいえない、成年被後見人等に関する資格制限規定が成年後見制度の利用を阻害する要因となることはできるだけ避けるべきであるなどの見解が示された。
イ 平成22年10月、成年後見法世界会議において、成年後見制度の適切な利用を訴えるための「成年後見制度に関する横浜宣言」が採択された。同宣言においては、我が国の課題の一つとして、成年後見制度に多く残されている欠格事由は撤廃すべきである、特に後見開始決定に伴う選挙権の剥奪には合理的根拠はなく、憲法で保障された普通選挙の理念に反し、基本的人権を著しく損なうものであるとされた。
ウ 東京地方裁判所は、平成25年3月、成年被後見人である者が、国に対し、次回の衆議院議員及び参議院議員の選挙において投票をすることができる地位にあることの確認を求めた訴訟において、成年被後見人が選挙権を有しない旨を定めた同年法律第21号による改正前の公職選挙法11条1項1号の規定は、憲法15条1項及び3項、43条1項並びに44条ただし書に違反し、無効であるとして、請求認容の判決をした(以下、この判決を「平成25年東京地裁判決」という。)。 同年5月、上記改正により、上記規定は削除された。
エ 平成28年4月、成年後見制度の利用の促進に関する施策を総合的かつ計画的に推進することを目的として、成年後見制度の利用の促進に関する法律(同年法律第29号。以下「利用促進法」という。)が制定され、同年5月、施行された。
利用促進法は、成年後見制度の利用の促進は、成年被後見人等が、成年被後見人等でない者と等しく、基本的人権を享有する個人としてその尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい生活を保障されるべきこと等の成年後見制度の理念を踏まえて行われるものとする旨を定め(3条1項)、基本方針の一つとして、成年被後見人等の人権が尊重され、成年被後見人等であることを理由に不当に差別されないよう、成年被後見人等の権利に係る制限が設けられている制度について検討を加え、必要な見直しを行う旨を定めており(11条2号)、成年被後見人等の権利の制限に係る関係法律の改正等の基本方針に基づく施策を実施するため必要な法制上の措置については、利用促進法の施行後3年以内を目途として講ずるものとした(9条)。
オ 平成29年3月、「成年後見制度利用促進基本計画について」等が閣議決定され、成年被後見人等の権利に係る制限が設けられている制度について、成年後見制度の利用を躊躇させる要因の一つであるとされていること等が指摘された上で、今後、政府において検討を加え、速やかに必要な見直しを行うこととされた。
内閣府に設置された成年後見制度利用促進委員会は、同年12月、当時170余の法律に設けられていた成年被後見人等に係る欠格条項をいずれも削除し、必要に応じて代替的に個別的・実質的な審査の規定を整備する方針を示した。
警備業法を所管する警察庁は、平成30年2月、成年被後見人等であることを警備員の欠格事由として定める規定の削除について政策評価を行い、心身の障害がある者の適格性に対する個別的・実質的な審査によって警備業務の特性に応じて必要となる能力の有無を判断する7号規定が既に設けられているため、特段の影響は想定されないと評価した。
カ 平成30年3月、上記方針により見直しを行った一括整備法に係る法律案が国会に提出され、令和元年6月、一括整備法が成立した。これにより、本件規定を含む成年被後見人等に係る欠格条項は、その大半が削除され、その余も同年中に成立した改正法により削除された。
第2 本件規定の憲法適合性について
1 原審は、本件退職時点において、本件規定は、憲法22条1項及び14条1項のいずれにも違反していた旨判断した。
所論は、本件退職時点において、本件規定は憲法22条1項及び14条1項のいずれにも違反するものではなかったとして、原審の上記判断には憲法22条1項及び14条1項の解釈適用の誤りがある旨をいうものである。
2⑴ 本件規定は、被保佐人であることを警備員の欠格事由として定めており、被保佐人である者の職業選択の自由を制約するとともに、警備員となる資格について、被保佐人である者と被保佐人でない者とを区別するものである。
⑵ 憲法22条1項は、狭義における職業選択の自由のみならず、職業活動の自由も保障しているところ、こうした職業の自由に対する規制措置は事情に応じて各種各様の形をとるため、その同項適合性を一律に論ずることはできず、その適合性は、具体的な規制措置について、規制の目的、必要性、内容、これによって制限される職業の自由の性質、内容及び制限の程度を検討し、これらを比較考量した上で慎重に決定されなければならない。この場合、上記のような検討と考量をするのは、第一次的には立法府の権限と責務であり、裁判所としては、規制の目的が公共の福祉に合致するものと認められる以上、そのための規制措置の具体的内容及び必要性と合理性については、立法府の判断がその合理的裁量の範囲にとどまる限り、立法政策上の問題としてこれを尊重すべきものであるところ、その合理的裁量の範囲については、事の性質上おのずから広狭があり得るのであって、裁判所は、具体的な規制の目的、対象、方法等の性質と内容に照らして、これを決すべきものである(以上につき、最高裁昭和43年(行ツ)第120号同50年4月30日大法廷判決・民集29巻4号572頁参照)。
また、憲法14条1項は、法の下の平等を定めており、この規定が、事柄の性質に応じた合理的な根拠に基づくものでない限り、法的な差別的取扱いを禁止する趣旨のものであると解すべきことは、当裁判所の判例とするところである(最高裁昭和37年(オ)第1472号同39年5月27日大法廷判決・民集18巻4号676頁、最高裁昭和45年(あ)第1310号同48年4月4日大法廷判決・刑集27巻3号265頁等)。
⑶ 本件規定は、警備員の欠格事由を定め、およそ被保佐人が警備員となってはならないこととするものであるから、単なる職業活動の内容及び態様に対する規制ではなく、狭義における職業選択の自由そのものに制約を課すものであって、職業の自由に対する強力な制限となるものである。その上、本件規定は、被保佐人を対象とするものであるところ、保佐開始の審判は、精神上の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分である者についてされるものであるから(民法11条)、本件規定は、被保佐人が精神上の障害を有することを理由として上記の制限をするものということができる。このように、本件規定は、障害者である被保佐人を被保佐人でない者と区別して一律に規制の対象とし、精神上の障害を理由として狭義における職業選択の自由そのものを制約するものである。
以上のような本件規定の内容、性質に照らすと、本件規定の憲法22条1項適合性の判断と憲法14条1項適合性の判断は、相互に密接に関連し、検討に当たって考慮すべき事項が共通するものであるということができるのであって、上記の各条項との関係で本件規定の合憲性を肯定し得るためには、本件規定による規制が重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要するものと解するのが相当である。
⑷ 本件前身規定及び本件規定の制定の経緯や内容に照らせば、本件規定の目的は、警備業務が他人の生命、身体、財産等の安全を守ることを内容とする業務であることに鑑み、警備業務の実施の適正を図るとともに、依頼者及び第三者から警備員としての信頼を確保し得る者が警備業務に従事することを担保することにあるということができる。このような立法目的自体は、重要な公共の利益に合致するものである。
この目的のために本件規定のような規制措置を設ける必要があるかどうかや、具体的にどのような規制措置が適切妥当であるかを立法府が判断するに当たっては、警備業務の実態や警備業者の業務態勢、保佐を含む成年後見制度の運用の在り方、同制度が対象とする精神上の障害を有する者を取り巻く状況等の諸事情を踏まえ、警備業務に要求される能力、保佐開始の審判がされる者の能力及び立法目的を達成し得る代替措置の有無等について評価を行う必要があり、こうした評価は一義的に定まるものではないから、上記の立法府の判断には一定の裁量が認められるが、他方で、本件規定が精神上の障害を有することを理由として被保佐人を被保佐人でない者と区別して一律に規制の対象とするとともに、被保佐人の狭義の職業選択の自由を制約するものであることを踏まえると、立法府に広い裁量が認められるものではないというべきである。そして、立法府の上記判断がその合理的裁量の範囲を逸脱したと認められる場合には、本件規定は、憲法22条1項及び14条1項に違反することとなる。
3⑴ 前記事実関係等によれば、警備先における警備員による窃盗や暴行等の事案が発生していたことを受けて昭和47年に警備業法が制定され、その後、警備業の活動領域の拡大に伴い、警備業者による法令違反や警備員の非行等の問題が多発したことを受けて、警備業務の実施の適正を図るなどの目的のために昭和57年改正が行われたものである。本件前身規定は、上記目的のために、準禁治産宣告を受けた者の判断能力に着目して警備員について欠格事由を定めたものと解される。
警備業務は、警備員の有形又は無形の影響力によって他人の生命、身体、財産等を守ることを内容とする業務であり、その性質上、他人の権利や自由を侵害しかねず、不適切な警備業務の実施によって国民生活に大きな不安と混乱を与えるおそれがあるという側面を有している。そのため、警備員には、警備業務の実施に伴って発生する様々な事象に対し、適法、妥当かつ臨機応変に対応することが求められ、これに必要な認知、判断及び意思疎通を適切に行う能力が要求される。
これに対し、昭和57年改正の当時、準禁治産宣告の対象とされていた心神耗弱者(平成11年民法改正前の民法11条)は、一般に、精神障害の程度が心神喪失のように完全に意思能力を失うまでには至らず、不完全ながら判断能力を有する者をいうと解されていたものである。準禁治産の制度は、精神能力の不完全な者の財産を保護するための制度であることからすると、準禁治産宣告において審査される判断能力は、上記のような警備業務を適正に実施するに当たって必要な能力と完全に一致するものではないものの、準禁治産宣告を受けた心神耗弱者については、精神障害による判断能力の低下が公的機関である家庭裁判所によって確認されているのであるから、当時の知見の下では、警備業務の適正な実施を期待することができないとみることには相応の合理性があったということができる。しかも、家庭裁判所は、準禁治産宣告をするには、本人の心神の状況について、必ず、医師その他適当な者に鑑定をさせなければならないものとされていたのであるから(平成12年最高裁判所規則第1号による改正前の家事審判規則24条、30条)、準禁治産宣告は、精神医学上の検査や診断に基づく、専門的で信頼性の高い判断であったというべきである。
他方で、警備業者については、中小零細の企業が圧倒的多数を占めており、上記のように警備業者による法令違反等の問題が多発していた状況の下では、警備員の資質につき警備業者による自発的な維持管理を期待することは困難であったということができる。
そうすると、昭和57年改正の当時、本件前身規定について、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であるとした立法府の判断が、その合理的裁量の範囲を逸脱するものであったということはできない。
⑵ その後、平成11年民法改正により新たに成年後見制度が導入され、これに伴って本件前身規定は本件規定に改められることになった。また、平成14年改正により7号規定が設けられた。
7号規定は、規則3条1項の規定を併せて考えると、精神機能の障害により判断能力が低下した者を対象とする規定であるということはできるものの、保佐開始の審判のように公的機関による判断がされるものではなく、判断の基礎となる資料の収集、分析、評価を含め、警備業者の自発的判断に委ねられているものであるため、本件規定がなくともその立法目的を達成するのに十分なものであるかどうかを直ちに見極めることは困難であったというべきである。
そうすると、平成14年改正の当時においても、本件規定が重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることについての立法府の判断が、その合理的裁量の範囲を逸脱するものであったということはできない。
⑶ しかしながら、その後、本件退職時点に至るまでに、本件規定を取り巻く諸事情は、変化したというべきである。
すなわち、成年後見制度の導入やその後の利用促進の動きの中で、保佐を含む成年後見制度は、主として財産の処分等に関する判断能力に着目したものとして理解されるようになり、成年被後見人等に係る欠格条項については、成年後見制度の利用を阻害するものとして、その見直しが求められることとなった。また、平成22年には、成年後見制度の運用上の改善策に関する研究報告において、成年後見等が開始したとしても、その余の能力が直ちに欠如しているとはいえないなどと評価されるようになった。
そして、平成23年から平成25年にかけて障害者権利条約の批准に向けた国内法の整備が進められ、平成26年には同批准がされ、その後、平成28年には障害者差別解消法等が施行されるに至った。障害者権利条約の批准に伴い整備された国内法は、障害者の定義を新たなものとした上で、障害者が人権を保障され、尊厳を尊重されるべき旨を明示するなどしており、社会における障害の捉え方の変化等を受けて、福祉や保護を中心とした障害者施策を法的な権利の保障を中心とするものへと転換していく流れを反映させたものであったということができる。これら障害者権利条約の批准やこれに伴う国内法の整備等の一連の動きとあいまって、徐々に障害者を取り巻く社会や国民の意識の変化が進み、障害者の権利の保障の在り方が大きく変容することとなった。障害者の労働、雇用との関係でも、障害者差別解消法等の成立から施行までに約3年の準備期間が設けられ、その施行に向けた準備の過程で障害を理由とする差別の禁止等に関する考え方が行政機関等や事業者に周知されるなどしたことにより、労働者について障害を理由とする差別が禁止されるべきであるとする考え方が確立するに至ったというべきである。また、平成28年に制定された利用促進法においても、障害者権利条約や、その批准に伴い整備された国内法の理念が反映され、成年後見制度の利用の促進に当たって、成年被後見人等が基本的人権を享有する個人としてその尊厳が重んぜられるべきこと等が定められるに至っている。
その一方で、平成14年改正により設けられた7号規定は、上記のとおり、本件規定の立法目的を達成するのに十分なものであるかどうかを直ちに見極めることは困難なものであったが、その後、特にその実効性を疑問視させるような事象をうかがうことはできないし、警察庁が平成30年に行った政策評価においては、7号規定が既に設けられているため、本件規定を削除することによる特段の影響は想定されない旨の評価がされているところである。
⑷ 以上を総合すると、遅くとも本件退職時点までには、被保佐人のうち警備業務を適正に実施するに当たって必要な能力を備えた者が本件規定により一律に警備業務から排除されることによる不利益は、もはや看過し難いものとなっており、本件規定が重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることについての立法府の判断は、その合理的裁量の範囲を逸脱するに至っていたというべきである。
4 したがって、本件退職時点において、本件規定は、憲法22条1項及び14条1項に違反するに至っていたというべきである。
以上によれば、所論の点に関する原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は採用することができない。
第3 本件立法不作為の国家賠償法上の違法性の有無について
1 原審は、本件立法不作為は、国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受ける旨判断して、被上告人の請求を一部認容した。
2 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
⑴ 国家賠償法1条1項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個々の国民に対して負担する職務上の法的義務に違反して当該国民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定するものであるところ、国会議員の立法行為又は立法不作為が同項の適用上違法となるかどうかは、国会議員の立法過程における行動が個々の国民に対して負う職務上の法的義務に違反したかどうかの問題であり、立法の内容の違憲性の問題とは区別されるべきものである。そして、上記行動についての評価は原則として国民の政治的判断に委ねられるべき事柄であって、仮に当該立法の内容が憲法の規定に違反するものであるとしても、そのゆえに国会議員の立法行為又は立法不作為が直ちに同項の適用上違法の評価を受けるものではない。もっとも、法律の規定が憲法上保障され又は保護されている権利利益を合理的な理由なく制約するものとして憲法の規定に違反するものであることが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠る場合などにおいては、国会議員の立法過程における行動が上記職務上の法的義務に違反したものとして、例外的に、その立法不作為は、同項の規定の適用上違法の評価を受けることがあるというべきである(以上につき、最高裁昭和53年(オ)第1240号同60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁、最高裁平成13年(行ツ)第82号、第83号、同年(行ヒ)第76号、第77号同17年9月14日大法廷判決・民集59巻7号2087頁、最高裁平成25年(オ)第1079号同27年12月16日大法廷判決・民集69巻8号2427頁参照)。
⑵ そこで、本件立法不作為が国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるか否かについて検討する。
ア 前記のように、昭和57年改正の当時、本件前身規定は、憲法22条1項及び14条1項のいずれにも違反するものではなかったが、その後、社会における障害の捉え方の変化等の流れを反映して障害者権利条約の批准やこれに伴う国内法の整備、その施行に向けた準備等の様々な事象が積み重なり、徐々に障害者を取り巻く社会や国民の意識の変化が進み、労働者について障害を理由とする差別が禁止されるべきであるとする考え方が確立したこと等により、本件退職時点において、本件規定は、違憲となるに至っていたものである。こうした変化等は、その性質上、外形的事実として観察することができるものではなく、容易に看取し得るものではない。また、障害者権利条約の批准に伴う国内法整備のうち最終段階に当たる障害者差別解消法等の施行、更には利用促進法の施行が平成28年のことであったことからみても、上記のような考え方が確立したのは、本件退職時点とは相当に近接した時期であったことがうかがわれる。
イ 本件退職時点までに、成年被後見人等に係る欠格条項の見直しの必要性自体は指摘されていたものの、その指摘は、主として成年後見制度の利用を阻害する要因の除去ないし利用の促進の観点によるものであって、成年被後見人等に係る欠格条項に憲法上の問題があることを理由とするものではなかった。
また、本件規定の憲法適合性は、本来、警備業務の実施の適正を図るなどの立法目的や、被保佐人であることを警備員の欠格事由とする規制措置の具体的内容に即して検討することを要するものであるところ、本件前身規定が設けられてから本件退職時点に至るまでに、本件規定や本件前身規定の憲法適合性について論じた学説が発表されていたことはうかがわれず、裁判所においてこの点について判断がされたこともなかった。そもそも、その余の成年被後見人等に係る欠格条項についても、本件退職時点までに、憲法上の問題があるとした学説はほとんど存在せず、平成25年東京地裁判決において、成年被後見人が公職の選挙権を有しないとする規定が憲法15条1項等に違反する旨の判断が示されていたものの、同規定と立法目的を異にする職業に関する成年被後見人等に係る欠格条項については、裁判所において違憲である旨の判断がされたことはなかった。
ウ さらに、平成28年5月に利用促進法が施行された後、成年被後見人等に係る欠格条項の見直しに向けた検討が継続され、170余の法律に設けられた成年被後見人等に係る欠格条項の全てについて統一的な見直しの方針が策定された上で、一括整備法等により、令和元年中にいずれも削除されるに至っている。その見直しを行うに当たっては、欠格条項を設けている各種制度の間の整合性にも配慮しながら検討を進める必要があり、このような検討には相応の期間を要するものであったというべきである。そして、上記のとおり、成年被後見人等に係る欠格条項が設けられた法律が多数ある中で、上記整合性について検討を行うことのないまま、本件規定についてのみ先行して見直しを行うことを要するような事情が存在したことはうかがわれない。
⑶ 以上によれば、本件退職時点において、本件規定が憲法の規定に違反するものであることが明白であるにもかかわらず国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠ったということはできない。したがって、本件立法不作為は、国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものではないというべきである。
3 以上と異なる原審の上記判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。この点に関する論旨は理由があり、原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。
第4 結論 以上に説示したところによれば、本件立法不作為の違法を理由とする慰謝料請求は理由がない。
また、被上告人は、上記慰謝料請求と選択的に、国会が昭和57年改正により本件前身規定を設けた立法行為の違法を理由とする慰謝料請求をしているところ、以上に説示したところによれば、上記慰謝料請求も理由がない。
したがって、第1審判決中上告人敗訴部分を取り消した上で、同部分に関する被上告人の請求をいずれも棄却し、かつ、前記破棄部分に係る被上告人の附帯控訴を棄却すべきである。
よって、裁判官三浦守、同尾島明、同宮川美津子、同高須順一、同沖野眞已の各反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官林道晴、同岡正晶、同石兼公博の各補足意見、裁判官安浪亮介の意見がある。
補足意見(林道晴)
裁判官林道晴の補足意見は、次のとおりである。
私は、多数意見に賛同するものであるが、その憲法適合性判断の趣旨等について補足して意見を述べることとする。
1 被保佐人であることを警備員の欠格事由として定める本件規定は、職業活動の内容・態様に対する規制にとどまらず、狭義における職業選択の自由そのものに規制を課す強力な制限となっており、しかも、制限の理由が被保佐人の精神上の障害であることから、憲法22条1項の適合性が問題となるものである。一方で、本件規定は、障害者である被保佐人を被保佐人でない者と区別して規制の対象としていることから、憲法14条1項適合性も問題となる。そして、この憲法22条1項適合性と憲法14条1項適合性の判断は、相互に密接に関連し、検討に当たって考慮すべき事項が共通するものであることから、憲法の各条項ごとに適合性を判断すること(もちろん、それも可能であるが、)よりも、両方の条項の趣旨を総合した形で検討することが、より事柄の性質に合った判断が可能となると考えられる。
多数意見は、精神上の障害を理由とする狭義の職業選択の自由に対する規制であることを重視して、これまで許可制等の憲法22条1項適合性の審査に用いられてきた比較的厳格な基準をとることとして、本件規定による規制が重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを、実体的な審査基準とした。そして、本件規定の立法目的については重要な公共の利益に合致するとした上で、この立法目的を達成するためにどのような規制措置を設けるか(その規制措置は、必要かつ合理的な措置でなければならない。)については、立法府の判断に一定の裁量が認められるが、本件規定が精神上の障害を理由として被保佐人を被保佐人でない者と区別し、狭義の職業選択の自由を制約するものであることから、その裁量は狭いものとなるとして、ここでも厳格な審査をすることとしている。
憲法14条1項適合性判断に当たっては、区別をすることの立法目的の合理性ないし正当性と区別の具体的内容が立法目的に合理的に関連するものであることが問題にされることが多い。本件規定の立法目的が上記のとおり重要な公共の利益に合致するというのであれば、憲法14条1項適合性判断においても立法目的の合理性ないし正当性が認められるのはいうまでもない。その区別の具体的内容は、上記の規制措置と同一であるので、憲法22条1項適合性で問題としている、立法府の採用した規制措置が必要かつ合理的であるとの裁量判断が合理的な範囲を逸脱したものとなる場合には、憲法14条1項適合性判断においても立法目的との合理的な関連性を欠くことになることは明らかである。
以上のとおり、本件規定の合憲性判断において、憲法14条1項適合性の観点からアプローチしたとしても、多数意見が説示した事情と共通する事項を考慮し検討した上で、大枠において同様な審査をした上で同じ結論に至ることになる。多数意見のとおり憲法22条1項適合性を重視したアプローチをとるか、憲法14条1項適合性を重視したアプローチをとるかは、理論的にはいずれもあり得ると考えるが、問題となっている事柄の本質により近いものを採用した方が関係者の理解を得られやすいものになろう。
2 多数意見では、本件規定に係る立法府の判断が合理的裁量の範囲を逸脱するに至ったという判断において、障害者権利条約の署名(平成19年9月)から批准(平成26年1月)に至る経過を重要な事情として挙げている。そして、障害者権利条約やその批准に向けてされた国内法の制定・改正を通じて、障害者の人権が保障されその尊厳が尊重されるべきとされたことなどから、社会における障害の捉え方が変化したことを指摘している。具体的には、いわば障害者を保護の「客体」とし、福祉や保護を中心としたものであった障害者施策から、むしろ障害者を権利行使の「主体」とし、その法的な権利の保障を充実させる障害者施策を中心としたものへ転換させていった(前者の施策も継続されていくべきであることはいうまでもない。)ことに注目すべきであろう。こうしたパラダイム転換の明示的な契機となり推進力となったのは、障害者権利条約の批准やその批准に向けてされた国内法の整備等の一連の動きであるが、その動きが進むことと並行して、社会や国民の意識もこうしたパラダイム転換が当然のことであると認識し、転換を踏まえた障害者施策が今後も推進されていく(その結果、トータルとしての障害者保護施策が充実したものとなる)べきであるとの意識が時間をかけて浸透し深まっていったものと考えられる。そして、この一連の法的な整備等の動き、それとあいまって進んだ社会・国民の認識・意識の深化によって、本件規定により一律に被保佐人が警備業務から排除されることの不利益が看過し難いと評価されるものとなり、本件規定の規制措置の必要性・合理性についての立法府の判断が合理的裁量の範囲を逸脱すると確定的に判断できる状態となっていったというべきである。本件規定の違憲性は、このような時間の経過をたどって高まり確定的なレベルに達したと評価できるものであることから、憲法違反となった時期を一義的に捉えることは困難である。
多数意見が、本件の憲法判断の基準時である本件退職時点において本件規定が憲法22条1項及び14条1項に違反するに至っていたとする一方、それ以前に本件規定が違憲となるに至った具体的な時期を明示していないのは、以上のような理由によるものである。
補足意見(岡正晶)
裁判官岡正晶の補足意見は、次のとおりである。
1 私は多数意見に賛同するものであるが、「第3 本件立法不作為の国家賠償法上の違法性の有無について」につき、次のとおり多数意見に付加して私見を述べる。
2 多数意見第3の2⑴記載の判断枠組みのうち「法律の規定が憲法の規定に違反することが明白であること」については、国会議員の立法不作為が例外的に違法の評価を受ける場合を画する要件の要素となるものであり、次のような事情をも考慮の上、慎重に判断することが相当と考える。
まず第1に、違法か否かが問題となる行為の主体は、立法府(国会議員)である。いうまでもなく、立法府は、三権分立の一つの機関であり、国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である。また、立法府がいついかなる立法行為を行うかは、本来、立法府の裁量に属する問題であるのに対し、立法不作為が国家賠償法上違法と評価されるのは、立法府が一定の立法義務を負うことを前提に、これを怠ったと評価される例外的な場合である。
第2に、法律の規定が憲法の規定に違反する場合、本来は、立法府自らが当該法律の規定の改正ないし廃止を行うことによってその是正を図るべきであり、これがとるべき対応の基本であり原則である。国会議員の立法過程における行動について、国が個々の国民に対して国家賠償法に基づく損害賠償責任を負うのは、上記対応だけでは不十分な場合の例外的な救済措置というべきである。
第3に、国会議員の立法不作為につき国家賠償法に基づく損害賠償責任を認めるということは、国会議員に、個々の国民に対し、特定の法律の改正等を行う法的注意義務が生じていたことを前提として、国庫から損害賠償金(金銭)を支払うことを意味する。そしてこの場合に支払請求をすることができる者は、法律の規制が通常一定の広がりを持つことから、通常、一人ではなく、複数又は多数になる場合が多いと思われ、この点も考慮する必要がある。
3 「法律の規定が憲法の規定に違反する」か否かを判断する際には、当該法律における規制の目的、対象、方法等の性質及び内容、さらには立法府の合理的な裁量の範囲を逸脱するか否かなどを総合的に考慮することを要し、複雑な判断を伴う場合が多い。「法律の規定が憲法の規定に違反する」という判断・認識は、「憲法の規定との関係が問われる」、「憲法解釈上疑義がある」、「違憲の疑いが濃い」などの認識や、「憲法に示された価値・理念をより充実させるために法改正が望ましい」といった立法政策上の判断・意見とは大きく異なるというべきである。
また、上記2のとおり、「明白である」ことは、国会議員の立法不作為が例外的に違法の評価を受ける場合を画する要件の要素となるものである。このことからすると、「明白である」か否かの判断においては、基準となる時点において、国会議員の多数が「法律の規定が憲法の規定に違反する」と判断・認識すべきであったといえるか否かが問題とされるべきであって、国会議員の多数が現実にそのように判断・認識していた場合のほか、現実の判断・認識がない場合でも、仮に、当時、国会議員が意識的かつ合理的に検討したならば、容易に、上記の判断・認識に到達していたであろうといえる場合等が含まれると考えられる。ただし、上記2記載の各事情を踏まえると、この点の判断は慎重に行う必要があるというべきである。
4 これを本件についてみると、本件退職時点において、本件規定が憲法の規定(22条1項及び14条1項)に違反することが明白であったとはいえないと考える。その理由としては、多数意見第3の2⑵記載のもののほか、次の事情が挙げられる。
⑴ 私も、多数意見第2のとおり、本件退職時点において、本件規定は憲法の規定に違反していたと判断するものである。
しかし、これは現時点における判断であって、本件退職時点において上記のように判断していたものではない。
上記3記載のとおり、「法律の規定が憲法の規定に違反することが明白であるか否か」の判断においては、基準となる時点において、国会議員の多数が、「法律の規定が憲法の規定に違反する」と判断・認識すべきであったといえるか否かが問題となるところ、本件退職時点で、多数意見第2のように具体的な分析・検討に基づき「本件規定は、立法府の合理的な裁量の範囲を逸脱しており、憲法の規定に違反している」と判断・認識していた者が、国会議員、学者及び中央省庁(内閣法制局も含む。)の職員等の中にいたことはうかがわれない。
⑵ 成年被後見人等に係る欠格条項に関する立法の経緯を見ると、平成11年時点で、禁治産者又は準禁治産者であることを欠格事由とする規定は150余存在したところ、平成11年整備法による検討後であっても110余については、成年被後見人等に係る欠格条項として存続させる旨の立法判断がなされた(多数意見第1の3⑴イ参照)。その中には、国家公務員法、地方公務員法、地方公営企業法など極めて多くの人数・職種を対象とするものがあり、他にも行政書士法、水道法(給水装置工事を適正に施行することができると認められる者の指定)など多種多様な職業を対象とするものがあり、これらに従事する者の人数も多数に及んでいた。
国会は、その後も、新たに、成年被後見人等に係る欠格条項を設けることがあり、成年被後見人等に係る欠格条項を設ける法律の数は増えていった。
国会は、多数意見第1の3⑵、⑶のような経緯を経て、平成28年には成年後見制度の利用の促進に関する法律(利用促進法)を制定するに至り、成年被後見人等の権利に係る制限が設けられている制度(成年被後見人等に係る欠格条項)について検討を加え、必要な見直しを行うこととした。そして、この見直しの検討を経て、令和元年に一括整備法等を制定し、本件規定を含む成年被後見人等に係る欠格条項の全て(この時点では170余の法律に設けられていた。)を削除した。国家公務員法、地方公務員法、地方公営企業法における欠格条項が削除されたのもこの時である。なお、利用促進法制定の後である平成29年6月までの間においても、成年被後見人等に係る欠格条項が設けられた法律があった。
このような成年被後見人等に係る欠格条項に関する立法の経緯からすると、国会議員の多くは、「憲法に示された価値・理念をより充実させるために望ましい法改正をする」という判断・認識から、利用促進法を制定し、欠格条項の見直しを行ったものであり、成年被後見人等に係る欠格条項が「憲法の規定に違反する」ので直ちに削除等しなければならないという判断・認識には立っていなかったことがうかがわれる。上記3記載のとおり、この両者は大きく異なるものである。前者の判断・認識に至っていたことから、直ちに、後者の「憲法の規定に違反する」との判断・認識に至ることが容易であったという評価をすることはできないし、相当でない。
補足意見(石兼公博)
裁判官石兼公博の補足意見は、次のとおりである。 私は、多数意見に賛同するものであるが、障害者権利条約(以下、本意見において「条約」ともいう。)との関連で若干の補足意見を述べる。
1 平成18年12月に国連総会において採択され、平成20年5月に発効した障害者権利条約は、1条において、「全ての障害者によるあらゆる人権及び基本的自由の完全かつ平等な享有を促進し、保護し、及び確保すること並びに障害者の固有の尊厳の尊重を促進することを目的とする。」と規定しており、保護の客体としての障害者から自己決定を行う存在としての障害者へと、ある意味での障害者の権利に関わるパラダイムシフトを画するものであった。そして、平成19年9月に条約に署名した我が国も、こうした条約の意義を踏まえ、国際社会と協調しつつ所要の準備を経て、平成26年1月に批准を行った。 平成23年に改正された障害者基本法が1条において「全ての国民が、障害の有無にかかわらず、等しく基本的人権を享有するかけがえのない個人として尊重される」としたことは、上記のパラダイムシフトを踏まえたものであると考えることができるし、5条において「第一条に規定する社会の実現は、そのための施策が国際社会における取組と密接な関係を有していることに鑑み、国際的協調の下に図られなければならない。」としたことは、我が国における取組と国際社会における動きとの関係の一端を物語るものということができよう。
2 障害者権利条約によって設置された障害者の権利に関する委員会(以下「委員会」という。)は、その一般的意見によって条約の解釈についての見解を提示してきている。条約12条2項は、「締約国は、障害者が生活のあらゆる側面において他の者との平等を基礎として法的能力を享有することを認める。」としているが、委員会は、平成26年の一般的意見第1号において、同項にいう法的能力には、権利所有者(holder of rights)になる能力と、法律の下での行為者(actorunder the law)になる能力の両方が含まれ、個人の意思決定スキル(decision-making skills)である意思能力(mental capacity)とは異なるものであり、法的能力は障害者が社会への意味のある参加を行う上で鍵となるとの見解を示している。また、平等及び無差別について定める条約5条について、委員会は、平成30年の一般的意見第6号において、平等及び無差別は原則であり、権利であるとし、同条は、公的当局によって規制及び保護されるあらゆる分野における法律上又は事実上の差別を禁止しているとの見解を示し、さらに、締約国は、障害者に対する差別を伴う既存の法律、規制、習慣及び慣習が修正又は廃止されることを徹底しなければならない、としている。労働及び雇用について定める条約27条について、委員会は、令和4年の一般的意見第8号において、無差別と平等は同条の中核的義務であるとし、雇用に関するあらゆる場面を通じて適用されるとした上で、事実上の平等を達成するために、締約国は労働及び雇用に関連して障害を理由とする差別がないことを確保しなくてはならないと指摘している。
このほか、委員会は、条約履行状況にかかわる個別締約国の報告に対して総括所見の形で評価、勧告を行ってきており、上述の条約12条に関する一般的意見第1号の延長線上において、障害者が法律の前に人として認められることを否定ないし減殺する一切の法律、政策の撤廃を勧告したり、条約27条に関する一般的意見第8号と同様の見解に基づいて締約国の雇用に関する差別的法制の変更・削除を勧告したりしてきている。
こうした委員会の見解、勧告は法的に締約国を拘束するものではないが、委員会による見解の表明、それに至るまでの締約国と委員会とのやり取り、委員会の指摘事項に対する締約国の対応といった過程を経て、条約の解釈に対する各締約国の考え方が展開してきている側面があることは否定できず、我が国も例外ではないと考えられる。
我が国は、条約作成に当たっては、障害者や障害者団体の協力も得て、その起草段階から参加しており、署名の後は、批准に向けた取組を進める上で、諸外国における法制事情調査も入念に実施している。我が国に対する委員会の総括所見が出されたのは令和4年10月であるが、そこに至るまで、政府報告の提出(平成28年6月)、これを踏まえた委員会からの質問への回答提出(令和4年5月)、ジュネーブにおける委員会との間の建設的対話の実施(同年8月)、といった一連のプロセスを跡付けることができる。
3 平成23年の障害者基本法改正が、障害者権利条約で明確にされた障害者に関わる新たな人権像を基本理念として反映したものであることは、上述したところであるが、平成25年に制定された障害者差別解消法も、こうした基本理念を踏まえ、7条、8条において、行政機関等及び事業者における障害を理由とする差別を禁止している。さらに、同年に改正された障害者雇用促進法は、34条、35条などにおいて、労働者の募集・採用時等における障害を理由とする差別の禁止を明確にしているが、その審議過程においては、こうした法改正が障害者権利条約の批准に向けて重要であることが指摘されている。
また、成年後見制度に関連して、平成28年に制定された利用促進法は、3条1項において、成年後見制度の利用の促進が、成年被後見人等が成年被後見人等でない者と等しく基本的人権を享有する個人としてその尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい生活を保障されるべきであるという理念等を踏まえて行われることとし、11条において、成年後見制度の利用の促進に関する施策は、成年後見制度の利用者の権利利益の保護に関する国際的動向を踏まえ推進するものとしている。こうした内容に鑑みれば、同法は、成年後見制度の利用促進を目的とするとともに、同制度の運用を障害者権利条約の趣旨、理念に沿ったものとすることを目指すとの側面もあったと考えられる。
もとより、一連の法整備、法改正は、国内におけるさまざまな議論を経て我が国が主体的に判断を行った結果ではあるが、我が国と障害者の権利に関わる国際社会の様々なプレイヤーとの間の一連の相互作用を経た結果でもあり、そうした相互作用を捨象して考えることは適当でない。
4 多数意見が指摘するとおり、障害者権利条約が採択され、国内法の整備を経て条約が批准に至ったという一連の動きとあいまって、障害者を取り巻く社会や国民の意識の変化が進み、障害者の権利の保障の在り方が大きく変容しており、これにより、本件規定は、憲法22条1項及び14条1項に違反するに至ったものであるが、そこに至るまでに、我が国と国際社会との間には、以上で述べたような相互作用が生じ、障害者の権利保障の在り方に関する国内の議論に反映されてきたということができる。そして、上記のような一連の動きが生じた時期との関係を踏まえると、障害者の権利の保障の在り方が大きく変容し、本件規定が違憲となるに至ったのは、本件退職時点に相当近接した時点であったというべきである。
意見(安浪亮介)
裁判官安浪亮介の意見は、次のとおりである。
1 私は、本件規定が平成29年3月(本件退職時点)において憲法22条1項及び14条1項に違反しており、国会が同時点までに本件規定を改廃する立法措置をとらなかった本件立法不作為が国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものではないとする多数意見の結論については賛同するが、国家賠償法上の違法性をめぐる点において多数意見と一部見解を異にする。その理由は次のとおりである。
2 まず、前提として、私が、本件規定が憲法の上記規定に違反するに至ったと考える時期やその間の経緯等について述べる(本件規定の憲法適合性に関する多数意見の第2の2から4までの説示については異論がない。)。 我が国では、平成19年9月の障害者権利条約の署名を経て(平成26年1月批准)、平成21年12月に障がい者制度改革推進本部が政府に設置され、平成23年7月に障害者基本法が改正され、平成24年6月に障害者総合支援法(旧障害者自立支援法)が改正され、平成25年6月に障害者差別解消法が制定(平成28年4月施行)され、障害者雇用促進法が改正されるなどした。この障害者差別解消法は、1条において、「全ての障害者が、障害者でない者と等しく、基本的人権を享有する個人としてその尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい生活を保障される権利を有する」ことを踏まえ、障害を理由とする差別の解消を推進すべきことを定め、6条において、政府はそのための基本方針を定めるべきものとし、7条及び8条において、行政機関等及び事業者に対して「障害を理由として障害者でない者と不当な差別的取扱いをすることにより、障害者の権利利益を侵害してはならない」と定めるとともに合理的配慮を行うことを義務付けた。 また、成年後見制度についても、適切な利用促進の観点から成年被後見人等に係る欠格条項について見直し等を求める議論が行われたこと(平成22年7月の「成年後見制度研究会」(財団法人民事法務協会)の研究報告の発表や同年10月の「成年後見制度に関する横浜宣言」の採択)を背景に、平成25年東京地裁判決(成年被後見人が選挙権を有しない旨を定めた公職選挙法の規定は憲法15条1項、3項等に違反し無効であるとしたもの)を受けて、成年被後見人に選挙権を付与するために公職選挙法が直ちに改正され、平成28年4月に利用促進法が制定(同年5月施行)されるなどした。この利用促進法は、成年後見制度の利用促進に関する施策を推進することを目的とするものではあるが、3条1項において、障害者差別解消法1条と同じく、「成年被後見人等が、成年被後見人等でない者と等しく、基本的人権を享有する個人としてその尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい生活を保障されるべきこと」を基本理念の一つとして定め、11条柱書きにおいて、上記施策は「成年後見制度の利用者の権利利益の保護に関する国際的動向を踏まえる」ものとし、同条2号において、「成年被後見人等の人権が尊重され、成年被後見人等であることを理由に不当に差別されないよう、成年被後見人等の権利に係る制限が設けられている制度について検討を加え、必要な見直しを行うこと」を基本方針の一つとして定め、9条において、「政府は、(中略)成年被後見人等の権利の制限に係る関係法律の改正その他の同条(11条を指す。)に定める基本方針に基づく施策を実施するため必要な法制上の措置については、この法律の施行後3年以内を目途として講ずるものとする」と定めた。 上記のように、国会は、主に平成23年以降、障害者の権利保障と成年被後見人等に対する権利制限の縮減等を推進するための法整備を着実に積み重ね、障害者差別解消法及び利用促進法が施行された平成28年には、成年被後見人等をはじめ精神上の障害を有する者につき、法律の規定上、正面から「基本的人権の尊重」、 「個人の尊厳」、「不当な差別的取扱いの禁止」等といった憲法の人権理念に関わる文言を揃って用いて、その人権が侵害されないように必要な施策を講ずるべきことを国の基本方針として明らかにするに至った。そして、上記のとおり、利用促進法が基本方針の一つとして既存の権利制限条項について検討を加えて必要な見直しを早期に行うべきことを定めたこと(11条2号、9条)の根底には、必要な立法措置が講じられないままでは人権侵害が生ずる場合があるとの認識があったものと捉えるべきである。そのように解するのでなければ、同法が「成年被後見人等の権利に係る制限」といった文言を用いて、成年被後見人等について権利の制限がされている現状について早急にその見直しを行うべきことを求めたことの意義が没却されることになりかねない。さらにいえば、令和元年の一括整備法の制定等によって本件規定を含む多数の権利制限条項が一斉に削除されるに至ったのは、それまでの障害者の権利保障と成年被後見人等に対する権利制限の縮減等の推進に関する法整備の積み重ね等を踏まえた国会の合理的判断の下に、利用促進法9条の規定に従い、憲法の人権理念を速やかに実現しようとして行われたものと位置付けて理解すべきであろう。
以上の事情を踏まえて考えると、国会によって上記一連の法整備が進められた平成28年頃の時点では、既存の権利制限条項の中には、憲法の人権理念に反するものが相当数存在する状況になっていたものといわなければならない。
3 そして、本件規定についてみると、平成14年改正によって既に7号規定が設けられ、上記2でみた平成23年以降の法整備の進展状況等を併せて考えれば、平成28年頃の時点では、様々な警備業務がある中で、被保佐人であることだけを理由として一律に警備員の欠格事由と定める本件規定は、職業の選択の自由を害し、不当な差別的取扱いを容認する規定となっており、憲法22条1項及び14条1項に違反するに至っていたと考える。
4 さらに、上記2でみた法整備は、いずれも国会が自ら進めたものであり、平成28年頃の時点では、国会において、成年被後見人等を含む障害者の権利問題等に関する立法行為を積み重ねてきたことにより、憲法の人権理念を更に推し進めて合理的な検討を適切に行えば、本件規定が憲法22条1項及び14条1項に違反するものとしてその改廃等を行うべきことが明白になっていたと評価するのが相当である。なお、平成25年、国会は、成年被後見人が選挙権を有しない旨を定めた公職選挙法の規定を違憲と判断した平成25年東京地裁判決を受けて直ちに公職選挙法を改正したが、この一例は、国会において、成年被後見人等に対して行われる権利の制限が、権利の内容・性質等によってその制限が裁判所により違憲と判断される場合があり得ることに直面する機会になったということもできよう。
この点について、多数意見は、平成29年3月(本件退職時点)において、本件規定が憲法の規定に違反するものであることが明白であるにもかかわらず国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠ったということはできないと判示する。この判示部分からすれば、本件規定の違憲性が国会において明白であったと評価するものであるか否かは必ずしも明確でない。国会においてその違憲性が明白であったとは認められないとするものであるならば、私はこれに賛同することができない。国会は、障害者の権利保障と成年被後見人等に対する権利制限の縮減等を推進するための法整備を何年にもわたって継続したが、そうした法整備を続けることの意識の根底に基本的人権の尊重、個人の尊厳や平等原則といった憲法の人権理念があり、成年被後見人等を含む障害者の権利保障について更にこれを推進するための立法行為の必要性・重要性を認識していたと考えるべきことは、これまでに述べたとおりである。そして、その間、障害者の権利問題等について社会や国民の意識が高まったが、それを汲み取って立法化していったのは国会自身である。 また、本件規定の違憲性が国会において明白であったとは認められないと評価する立場からすれば、利用促進法の制定についてはあくまで成年後見制度の利用促進を図るためにもっぱらその阻害要因を除去すること等を目的とするものであって、憲法上の問題とは別のものというように理解することになるのかもしれない(多数意見の第3の2⑵イ参照)。しかし、仮に同法制定の主眼がそのようなものであったとしても、同法11条2号が基本方針の一つとして既存の権利制限条項について検討を加えて必要な見直しを行うべきことを定めた意義を決して軽視すべきではなく、同号の規定を憲法の人権理念と切り離されたものとして理解するのは相当ではない。言い換えれば、国会が憲法上の問題の存在について無自覚のままに上記内容を盛り込んだ見直し規定を設けたとは考え難い。 したがって、平成28年頃の時点では、上記のように法整備を推し進めてきた国会において、合理的な検討を適切に行えば、本件規定が、成年被後見人等について職業の選択の自由を害し、不当な差別的取扱いを容認する規定となっており、憲法上の問題があることを当然認識し、本件規定の改廃を行うべき状況にあったものと評価すべきであり、明白性を否定する立場には賛同することができない。
反対意見(三浦守)
裁判官三浦守の反対意見は、次のとおりである。
私は、本件規定が本件退職時点において憲法22条1項及び14条1項の規定に違反する点については、結論において多数意見に賛同するが、本件規定は、遅くとも平成14年改正時までに、憲法の上記各規定に違反していたものと考える。また、国家賠償法1条1項の適用の点については、多数意見と異なり、本件規定は平成14年改正時において憲法の上記各規定に違反するものであることが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく本件退職時点まで長期にわたってその改廃等の立法措置を怠ったものであり、本件立法不作為は同項の適用上違法であるから、本件上告を棄却すべきものと考える。以下、理由を述べる。
第1 事実関係等について
1 平成14年改正に至る経緯等に関し、原審が適法に確定した事実関係等の概要(公知の事実を含む。)は、判示第1の3⑴に掲げるもののほか、2のとおりである。
2⑴ 国際連合は、1982年(昭和57年)、国際障害者年(1981年(昭和56年))の「完全参加と平等」の趣旨をより具体的なものとするため、「障害者に関する世界行動計画」を採択するとともに、1983年(昭和58年)から1992年(平成4年)までの10年間を「国連・障害者の十年」と宣言するなどした。政府は、これらを踏まえ、昭和57年3月、国際障害者年推進本部において、 「障害者対策に関する長期計画」を決定するなどした。
そして、政府は、「国連・障害者の十年」終了後も障害者対策をなお一層推進するため、平成5年3月、障害者対策推進本部において、「障害者対策に関する新長期計画」(以下「平成5年計画」という。)を策定した。
平成5年計画は、平成5年度からおよそ10年間にわたる施策の基本的方向と具体的方策を明らかにするものであり、その基本的な考え方として、基本的人権を持つ一人の人間として、障害者自身が主体性、自立性を確保し、社会活動へ積極的に参加していくことを期待するとともに、その能力が十分発揮できるような施策の推進に努めるとともに、障害者を取り巻く社会環境に存在する資格制限等による制度的な障壁等の種々の障壁を除去すること等により障害者が各種の社会活動を自由にできるような平等な社会づくりを目指すなどとし、分野別施策の基本的方向と具体的方策の中で、福祉の分野において、精神障害、視聴覚障害等障害を理由とする各種の資格制限が障害者の社会参加を不当に阻む障害要因とならないよう、必要な見直しについて検討を行うものとした。
⑵ 国会は、平成5年12月、心身障害者対策基本法を改正し(以下、この改正を「平成5年改正」という。)、法律の題名を「障害者基本法」に改めるとともに、同法の目的として、障害者の自立と社会、経済、文化その他あらゆる分野の活動への参加を促進することを目的とする旨を規定し、障害者の定義として、精神障害を明示して規定し、基本理念として、「すべて障害者は、個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有するものとする。」「すべて障害者は、社会を構成する一員として社会、経済、文化その他あらゆる分野の活動に参加する機会を与えられるものとする。」と規定するなどした。
⑶ 内閣府に設置された障害者施策推進本部は、平成11年8月、平成11年決定において、資格、免許又は業の許可等の欠格事由として障害者を表す身体又は精神の障害を掲げるなどする法令の規定(以下「障害者に係る欠格条項」という。)の見直しを行うこととした。
平成11年決定は、障害者に係る欠格条項について、障害者が社会活動に参加することを不当に阻む要因とならないよう、平成5年計画の推進のため、対象となる全ての制度について見直しを行い、障害及び障害者に係る医学の水準、障害及び障害者の機能を補完する機器の発達等科学技術の水準、先進諸外国における制度のあり方その他の社会環境の変化を踏まえ、制度の趣旨に照らして、従来の障害者に係る欠格条項が真に必要であるか否かを再検討し、必要性の薄いものについては障害者に係る欠格条項を廃止するものとし、当該欠格条項が真に必要と認められるものについては、①欠格、制限等の対象を厳密な規定に改正する、②絶対的欠格事由から相対的欠格事由に改正する、③障害者を表す規定から障害者を特定しない規定に改正する等の対処を行うものとし、警備業法の警備員の制限に関する規定については、障害者に係る欠格条項が真に必要な場合には、①及び②の方向で対処するものとした。
⑷ 平成11年整備法に関する国会の審議においては、㋐成年被後見人等に係る欠格条項を撤廃すべきである旨の参考人の意見、㋑同欠格条項を残すと老人や障害者への偏見を助長し、これらの者の社会参加が妨げられる旨の議員の発言、㋒欠格条項が存置された弁護士、弁理士、司法書士、薬剤師等の資格制限の必要性を問う議員の質問、㋓個別法令中に能力を個別に審査する規定を設ければ資格制限として足り、禁治産者や準禁治産者であることのみを理由に職業から排除するのは前近代的な発想であるから、残存する116種の資格制限についても次の見直しの際に再検討されたい旨の議員の発言等がされた。また、新しい成年後見制度の導入に禁治産や準禁治産という負のイメージを払拭して、皆が負い目を感じずに使うことができる新しい制度を作るという意義があるのであれば、欠格条項で門前払いというよりも、できる限り個別的に判断していくという方が方向性として正しいのではないかという趣旨の議員の質問に対し、政府参考人は、基本的な考え方としては正しいとしつつ、立法上の様々な価値を調和させていく中で複数の欠格条項を存置することになった旨の説明をした。
そして、平成11年11月、参議院法務委員会において平成11年整備法に係る法律案が可決された際、全会一致で、政府等は、新たな成年後見制度の実施に当たり、成年被後見人又は被保佐人であることを欠格事由とする116件の資格制限規定については、更なる見直しを行うこと等について格段の努力をすべきである旨の附帯決議(以下「平成11年附帯決議」という。)がされた。
第2 本件規定の憲法適合性及びそれが違憲となるに至っていた時期について
1 本件規定の憲法適合性に関する判断の枠組みについて本件規定は、被保佐人であることを警備員の欠格事由として定めており、被保佐人が精神上の障害を有することを理由として、被保佐人を被保佐人でない者と区別して、一律に狭義における職業選択の自由そのものを制約するものである。そして、被保佐人の精神上の障害は、本人の意思や努力によって変えることが困難であり、個人の生存と切り離すことができないものである。また、狭義における職業選択の自由は、経済活動としての性格が強い営業の自由と異なり、本人の生き方や自己実現としての性格が強く、個人の尊重及び幸福追求と密接に関わるものということができる。
反対意見(尾島明)
裁判官尾島明の反対意見は、次のとおりである。
1 私は、本件規定が本件退職時点において憲法22条1項及び14条1項に違反するに至っていたとする多数意見の結論には同調するものの、その理由付けの部分については一部見解を異にするところがあり、また、本件立法不作為が国家賠償法1条1項の適用上違法でないとする多数意見には賛同することができない。そして、原判決はその結論において是認できるので、本件上告を棄却すべきであると考える。以下、その理由について述べる。
2 本件規定の憲法適合性について 本件の憲法上の争点は、被保佐人であることを警備員の一律の欠格事由としていた本件規定が憲法22条1項及び14条1項に違反するか否かというものであり、これはすなわち、精神上の障害があることを理由に被保佐人が警備員という職業を選択することを一律に制限する法律の規定が憲法上許されるか否かという問題である。このような問題設定自体から明らかなように、平等保護原則と職業選択の自由という二つの憲法上の基本的価値に対して法律が制限を課すことの可否をどう判断するかが問われている。
このような本件規定の憲法適合性を審査するに当たって、原判決(第1審判決も同様)は、まず憲法22条1項違反の有無を精査し検討し、その違憲性を説示した後、更に憲法14条1項にも違反することを簡潔に判示している。憲法22条1項と14条1項に関する憲法適合性審査の在り方ないし考慮すべき観点については、当審の判例がそれぞれその手法を判示していることから(多数意見参照)、原審もそのような手法を採用しているのであろうが、上記のように、本件規定の憲法上の問題が「精神上の障害を理由に職業選択の自由という基本的な権利の享受が不合理に差別されているか」ということにある以上、多数意見のように、本件規定の憲法22条1項及び14条1項の適合性は、併せて検討するのが妥当である。
近代憲法が達成した大きな成果の一つが、身分等によって固定されていた職業をその制約から解放したことにあり、これが社会を豊かにすることに貢献したことは、歴史の教えるところである。このように職業選択の自由と結び付いた平等保護原則は、最も重要な憲法原則の一つであるから、これを制限する法令の憲法適合性を審査するに当たっては、憲法22条1項及び14条1項に適合するか否かの検討・判断を別個に設定したそれぞれの審査基準等に照らして行うのではなく、それらを併せ一まとめにして行うべきである。また、職業選択の自由という個人の自由権の保障及び平等保護原則という憲法が体現している基本的価値に照らして当該法令をみていくことによって、そこには二つの基本的価値の統合による相乗効果(シナジー効果)が生まれるといってよく、その結果、多数意見のいう「規制が重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要する」という要件についてもこれを満たすか否かは、抽象的、観念的に行われる想定からだけでなく、具体的な事情を踏まえて厳しく審査することが要求されることになるといえよう。 このような観点から本件規定をみると、これが本件退職時点において憲法22条1項及び14条1項に違反するに至っていたとする多数意見の結論に異存はない。 もっとも、多数意見が平成11年整備法により本件規定が作られてからその後の法制定や社会状況の変遷を踏まえて、これらが本件規定の憲法適合性判断に影響してくることを判示する箇所のうち、平成14年改正を経た本件規定が当時合憲であったとする部分について、私は賛同することができない。問題となった規定の特定の時点における憲法適合性を判断すれば足りる事案とは異なり、本件のような立法不作為の違法を理由とする国家賠償請求事件にあっては、どの時点で本件規定の違憲性が明白になり、そこから国会が長期にわたって正当な理由なく本件規定の改廃等の立法措置を怠ったかを審理し、判断しなければならない。私は、その判断につながっていくことから、多数意見の平成14年改正を経た当時の本件規定の合憲判断に賛同することができないのである。この点については、上記のように「規制が重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置である」か否かを、具体的事情を踏まえて厳しく審査しなければならないと考えることから多数意見との違いが生じてきているものと思われる。この点は、後記3でより詳しく述べることとする。
3 本件立法不作為の国家賠償法上の違法性について
⑴ 国会議員の立法過程における行動が個々の国民に対して負う職務上の法的義務に違反し、国家賠償法上違法となるのは、法律の規定が憲法上保障され又は保護されている権利利益を合理的な理由なく制約するものとして憲法の規定に違反するものであることが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠る場合などである(多数意見が引用する最高裁平成27年12月16日大法廷判決)。
⑵ 違憲の明白性の概念とその判断要素 上記の場合における違憲の明白性は国会議員にとってのものであるが、これについての国会議員の認識は、個々のあるいは多数の国会議員の現実の主観的認識ではなく、立法を担う国の機関である国会を構成する国会議員が憲法遵守義務を負う合理的立法者として、違憲の法律を是正するために、付与された権限を行使しなければならない客観的状況があったか否かという観点から判断される規範的なものと考えるべきである。
こういうことからすると、違憲の明白性の有無を判断するに当たって最も重要な要素は、立法機関の構成員である国会議員が制定した又は制定しようとする法律の規定内容自体(過去からの立法状況も含めて)のありようである。例えば、最高裁令和5年(受)第1319号同6年7月3日大法廷判決・民集78巻3号382頁は、立法行為が明白に違憲であったとしてその国家賠償法上の違法性を認めたものであるが、国会が全会一致で制定した旧優生保護法の規定内容について、侵害される憲法上の権利の重大性や侵害の過酷さが当該規定内容自体に表れているので、これだけで、当時の国会議員らが具体的、主観的にどう認識していたかにかかわらず、上記の合理的立法者基準により規定内容の違憲が明白であったといえるものと解される。
また、問題となった規定内容以外の関連する他の法令(条約を含む。)の制定や改正等に向けてされた取組、議論等の客観的状況も、立法行為を支えるものとして、当然に合理的立法者であれば考慮すべきであるといえる。
この点に関連して、問題となった規定の合憲性について疑問を表明する裁判例や学説の存在はどうだろうか。もちろん当該規定や類似の規定を違憲とする裁判例や学説があれば、合理的立法者としては当然これらの内容を精査すべきであるといえるが、これらの存在は違憲の明白性を基礎付ける必須の要素であるとはいえず、これらの意見がまだ表明されていなかったからといってそのことが違憲の明白性を否定する積極的な理由にはならないというべきである。裁判例に関しては、本件のような事案に即していうと、被保佐人が警備員の職に就くことを希望したり、既に警備員の職に就いている者が保佐開始の審判を受けることを希望したりした場合に、あらかじめ国を被告として本件規定の違憲確認を求める訴訟を提起して目的を達することには事実上も法律上も困難が伴うから、裁判実務上本件規定の違憲をいう裁判例が現れる可能性はおのずと少なくなろう。被上告人のように職を失うことが法律上明らかであるのにあえて保佐開始の申立てをする者が現れて、初めて本件規定の憲法判断をする裁判例が生まれ得たといえる。また学説に関しては、ある法令の規定の憲法適合性に関心や疑問を示す学説が存在しなかったことが、現に当該規定により権利を侵害されている者の権利行使の範囲を狭めることになると考えることもできない。
反対意見(宮川美津子)
裁判官宮川美津子の反対意見は、次のとおりである。 私は、本件退職時点において、本件規定は、憲法22条1項及び14条1項に違反していたという多数意見の判断については賛同するものであるが、多数意見とは異なり、遅くとも平成14年改正当時には、本件規定は憲法22条1項及び14条1項に違反するに至っており、また、遅くとも平成23年7月の障害者基本法改正当時には、本件規定が憲法の規定に違反することが国会にとって明白となっており、本件立法不作為は、国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるべきものであると考える。その理由は、以下のとおりである。
1 本件規定の憲法適合性について
⑴ 判断枠組み等本件においては、本件立法不作為が国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるか否かが問題となるが、私も、多数意見が引用する最高裁平成27年12月16日大法廷判決(再婚禁止期間違憲事件判決)等の判断枠組みに基づいて違法性を判断することに異存はない。そこで、本件立法不作為が違法の評価を受けるか否かについて判断するためには、どの時点で本件規定の違憲性が明白となり、その時点から本件退職時点まで国会が正当な理由なく長期にわたり本件規定の改廃を怠ったといえるかを検討することになるが、本件規定の違憲性が明白になった時期を判断する前提として、本件規定が違憲となった時期についても検討する。
そして、本件規定の憲法適合性に係る判断枠組みについても、多数意見の第2の2に説示されたところに異存はない。この点については、多数意見が挙げる事情のほか、職業は、人が自己の生計を維持するためにする継続的活動というだけでなく、各人が自己のもつ個性を全うすべき場として、個人の人格的価値とも不可分の関連を有するものであり(多数意見が引用する最高裁昭和50年4月30日大法廷判決)、平成5年改正障害者基本法(平成14年改正当時に適用された障害者基本法)が掲げた、すべての障害者が、社会を構成する一員として、社会、経済、文化その他あらゆる分野の活動に参加する機会を与えられるものとする基本理念(同法3条2項)は、職業選択の自由を国民に保障した憲法の理念に沿ったものと評価できることを指摘することができる。
多数意見は、本件退職時点において、本件規定が憲法22条1項及び14条1項に違反するに至っていたとする一方、平成14年改正の当時においては、本件規定が重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることについての立法府の判断が、その合理的裁量の範囲を逸脱するものであったということはできないと判示する(多数意見第2の3⑵)。しかし、私は、遅くとも平成14年改正の当時には、本件規定は、憲法22条1項及び14条1項に違反するに至っていたと考える。そのように判断するに当たり考慮した平成14年改正に至る経緯、障害者のための施策に関する国内外の動向、我が国の立法状況等は、多数意見第1の3⑴及び三浦裁判官の反対意見第1に記載されているとおりである。
⑵ 本件規定の立法目的 本件規定の目的は、多数意見が判示するとおり、警備業務が他人の生命、身体、財産等の安全を守ることを内容とする業務であることに鑑み、警備業務の実施の適正を図るとともに、依頼者及び第三者から警備員としての信頼を確保し得る者が警備業務に従事することを担保することにあると解される。このような立法目的自体は、重要な公共の利益に合致するものといえる。
⑶ 本件規定の必要性、合理性 ア 平成11年整備法により禁治産者及び準禁治産者であることを欠格事由とする規定の見直しが行われ、参議院法務委員会において平成11年整備法に係る法律案が可決された際に附帯決議(以下「平成11年附帯決議」という。)がされたことは、多数意見第1の3⑴イに記載のとおりである。これに加えて、改正前の禁治産・準禁治産の制度は、「治産を禁ずる」という用語の否定的な意味合いや、多数の法律中の禁治産者等に係る欠格条項の存在から、利用者を社会から排除する制度であるかのように国民に誤解され、また利用者である知的・精神障害者等に対する社会的な偏見を助長するものと批判されていたのに対し、平成11年の成年後見制度は、精神上の障害(精神障害、知的障害、認知症等)により判断能力が不十分な者について、自己決定権の尊重、残存能力の活用、障害者が障害を持たない者と同等に生活し、活動する社会を目指す「ノーマライゼーション」の理念等、障害者のための施策についての新しい理念を取り入れて創設された制度であったことを指摘することができる。
ところが、かかる新制度の発足を受けて行われた平成11年整備法による禁治産者や準禁治産者に係る欠格条項の見直しでは、禁治産者又は準禁治産者であることを欠格事由とする158の規定のうち、結果として116が「成年被後見人」、 「被保佐人」に名前を変えて、旧来通り絶対的欠格条項として残置されたのである。平成11年整備法の国会審議の経過を補足すると、衆議院及び参議院の各法務委員会においては、このような政府の方針に対し、複数の委員から、それぞれの法令の中に能力を個別に審査する規定を設ければ足り、禁治産者等であることのみを理由に職業から排除するのは前近代的な発想であるから、残存する116項目の欠格条項についても次の見直しの際に再検討されたい旨の発言や、欠格事由を残すと老人や障害者への偏見を助長し、社会参加が妨げられるとの批判が出ているとの発言があった。さらに、成年後見制度の意義として、禁治産者、準禁治産者という負のイメージを払拭して、皆が負い目を感じずに使える新しい制度を作ろうということであれば、欠格条項ではなく、できる限り個別に判断していこうという方向性が正しいのではないかとの質問に対して、政府参考人から、基本的にはそのような考え方で正しいと思うが、個別の具体的な問題になると、立法的には様々な価値があるので、それを調整させた結果が現在の整備法の内容であるとの回答があった。このような審議の結果として、政府及び最高裁判所は、新たな成年後見制度の実施にあたり、成年被後見人又は被保佐人であることを欠格事由とする116件の資格制限規定については更なる見直しを行うこと等についての格段の努力をすべきである旨の平成11年附帯決議が全会一致で可決されたのである。 イ その後、平成11年決定に基づく障害者に係る欠格条項の見直し作業の一環として、平成14年改正により警備業法の「精神病者」に係る欠格条項の見直しが行われたことは、多数意見第1の3⑴ウのとおりであるが、平成14年改正法の国会審議の経過を補足すると、同国会では、障害者に係る欠格事由の多くは、憲法13条や14条、また国連の様々な宣言や障害者基本法の理念に反するとの意見が出され、また政府参考人から、昭和57年警備業法改正当時、精神病者であることを欠格事由とした理由は、精神病者等が他人の生命、身体又は財産を侵害することも考えられ、適正な業務運営が期待できないという判断によるものであったが、現在(平成14年改正の審議当時)の政府の考え方として、精神病者一般について、適正な警備業務の管理運営、実施を期待し得ないという考えは全く持っておらず、あくまでも個別具体的なケースに応じて能力を判断していくべきものと考えている旨の説明があった。また、「精神病者」に係る欠格条項は改正ではなく廃止すべきであるとの議論の中で、政府としては、警備業者等が人の生命、身体又は財産を守る業務に直接携わるものであることから、一定の欠格事由は国民生活の安全を守るためにも必要と考えること、しかし、今回の改正では、精神病者を一律に排除するということではなく、業務を適正に行うことができるかどうかという点に着目して相対的な欠格事由に変更するという立場であることが説明されている。
反対意見(高須順一)
裁判官高須順一の反対意見は、次のとおりである。
1 はじめに 私は、多数意見とは異なり、本件立法不作為は国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項の適用上違法であり、被上告人の損害賠償請求は認容されるべきと考えている。もっとも、私の考える判断枠組み自体は、多数意見とおおむね同じであり、本件規定の憲法適合性について検討した上で、国賠法1条1項の違法性を判断するというものである。私も、本件規定は憲法22条1項及び14条1項に違反するものであるが、その違憲性は平成11年整備法により本件規定が制定された当時から生じていたのではなく、その後の立法事実の変遷によって本件退職時点には違憲となっていたと考えている。そして、国会が本件規定を改廃しなかった本件立法不作為に関して、遅くとも平成22年頃には本件規定が憲法に違反するものとなっており、障害者基本法の改正がなされた同23年には違憲であることが国会において明白となったというのが私の意見である。その結果、本件退職時点においては、国会が正当な理由なく長期にわたって立法措置を怠ったものと認められ、本件立法不作為について国賠法1条1項の違法性が認められる。以上が私の意見の骨子であり、以下、その理由について述べる。
2 本件規定が違憲となった時期
⑴ 憲法適合性の判断基準 本件退職時点において本件規定が憲法22条1項及び14条1項に違反するものとなっていたことは多数意見も認めるところであり、私もこれと異なる意見を持つものではない。本件規定は、障害者である被保佐人について精神上の障害を理由として狭義における職業選択の自由そのものを制約するものであり、同時に被保佐人と被保佐人でない者(精神上の障害を有しない者のほか、精神上の障害を有するが保佐制度を利用していない者が含まれる。)とを区別するものである。したがって、本件規定を合憲と判断するためには、多数意見も指摘するとおり、本件規定による規制が重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要するというべきである。また、その判断に当たっては規制の合理性を支えるだけの立法事実が存在するか否かを検討する必要があり、警備業務の実態や保佐を含む成年後見制度の在り方、精神上の障害を有する者を取り巻く状況、さらには立法目的を達成し得る代替措置の有無等に関する諸事実を具体的に検討する必要があると考えている。
なお、本件訴訟は被上告人の退職をめぐる紛争であるから、本件退職時点における本件規定の憲法適合性がまずは検討されることになる。この限りでは本件退職時点における立法事実の存在の有無を明らかにすべきこととなるが、本件訴訟では本件規定の憲法適合性の判断のみならず、本件立法不作為の国賠法上の違法性の有無に関する判断が求められているため、上記1で言及したように、国会が長期にわたって立法措置を怠ったと評価されてもやむを得ない程度の時点までに本件規定が憲法の規定に違反するものであることが明白になっていたといえるか否かをさらに検討しなければならない。そこで、違憲であることが明白となった時期の判断が必要不可欠となり、その前提として違憲となった時期がそもそも問題となる。この点は、少なくとも明白となった時期以前であれば足りることとなるが、具体的な時期を判断し得るのであれば、その時期を明示することが本件事案の解決に当たりより有意義であると考える。
⑵ 平成14年当時までの状況 違憲となった時期について多数意見は、本件前身規定が設けられた昭和57年改正の当時、平成11年整備法の制定当時、さらには7号規定が新設された平成14年改正の当時のそれぞれの立法府の判断は、その合理的裁量の範囲を逸脱するものであったとはいえず、違憲ではないとした上で、その後の本件規定を取り巻く諸事情の変化によって、本件退職時点にはその合理的裁量の範囲を逸脱し、違憲となっていたと判断している。もっとも、本件前身規定が設けられた昭和57年改正の当時、成年被後見人等(当時の用語は禁治産者及び準禁治産者)の警備員就業を一律に規制することの合理性が国会において十分に検討されていたのか否かに関しては、疑問の余地がないではない。また、その後の平成11年整備法の制定、平成14年改正の時点においても同様に十分な検討がなされることなく本件規定が維持されたように思われる。取り分け、平成14年改正の時点においては、7号規定が設けられ、障害の程度に関する個別具体的な判断が可能となったのであるから、成年被後見人等を一律に欠格者と定めることの合理性は必ずしもなくなったとも考えられる。その意味では既にこれらの時点、取り分け、平成14年改正時点において、本件規定の憲法適合性に関してはそもそも疑問を挟む余地があったとも思料される。ただ、平成14年当時までの社会的、経済的、あるいは政治的な諸状況に鑑みれば、この当時の段階で本件規定が憲法22条1項及び14条1項に違反すると判断することは困難であったといわざるを得ず、本件規定の違憲性の判断は、平成14年以降の本件規定を取り巻く立法事実の変遷を待たざるを得なかったというのが私の意見である。
⑶ 違憲となった時期の確認 上記⑵で指摘したように、多数意見は、遅くとも本件退職時点までには本件規定に関する立法府の判断はその合理的裁量の範囲を逸脱するに至り、本件規定は違憲になっていたと判示している。しかしながら、私はこの点に関し、本件に係る立法事実をより丁寧に検討することにより、違憲となった時期をより具体的に特定することが可能であり、本件規定は、より早い時期に憲法22条1項及び14条1項に反するに至っていたと考えている。平成21年から22年にかけて生じた以下の諸事実の存在が重要と考える次第である。
ア 推進本部及び推進会議の活動に基づく基本的方向の明示まず指摘すべきは、障害者権利条約の内容を国内において浸透、定着させるために平成21年12月に内閣に、「障がい者制度改革推進本部」が発足し、さらに、同本部の下で、障害者施策の推進に関する事項について意見を求めるため、障害者、学識経験者等からなる、「障がい者制度改革推進会議」が平成22年1月から開催され、計14回の審議の結果、一定の基本的方向性が示された点である。平成22年6月に公表された、「障害者制度改革の推進のための基本的な方向(第一次意見)」(以下「第一次意見」という。)がそれであり、この第一次意見には以下のような記述が存在する。
すなわち、まず、障害者権利条約策定の過程に言及し、「一般社会による保護的支配からの脱却と普通の市民としての権利を持つ人間であること」への思いが、すべての障害者に共通するものであること(第1の1)、「このような障害者のあたりまえの思いを一般社会が受け入れるまでには、長い歴史の時間を要した」こと(同箇所)が指摘され、我が国の障害者に一般市民以下の生活を強い、その権利が十分に守られていない状態がおよそ1世紀もの間、基本的に変わっていなかったことへの率直な反省が示されている。そして、「戦後、日本の障害者に関連する法制度は日本国憲法が保障する社会権を基盤としながら順次整備されてきたが、自由権を基盤とする権利を保障する法律は皆無に近い。その結果、社会権を基盤とするサービスは自由権的基盤を有しない無権利性と、自由権そのものを侵害しかねない一般社会からの排除ないし隔離的傾向をもたらしている。障害者権利条約の視点に立ち、自由権と社会権を二分する枠組みを越え、市民との実質的な平等を基礎とした人権法に向けたパラダイムの転換が求められている。」との方向性が示されたのである(同箇所)。この自由権としての人権の尊重、市民との実質的な平等の確保という視点を有するパラダイムの転換の必要性が政府レベルで提唱されたことは極めて重要というべきである。
反対意見(沖野眞已)
裁判官沖野眞已の反対意見は、次のとおりである。
私は、本件規定の憲法適合性については、その判断の基準、結論のいずれも多数意見と理解を共通にするが、本件立法不作為の国家賠償法1条1項の違法性については、違憲となった時期及び違法性を否定する結論の点において意見を異にする。 すなわち、本件規定は平成14年改正により違憲となっており、遅くとも平成25年6月には本件規定の違憲性が国会にとって明白となり、本件退職時点において、国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠ったということができると考える。以下、本件規定の憲法適合性に関する事項を含め、考えるところを述べたい。
1 本件規定の憲法適合性について
⑴ 本件規定は、憲法22条1項及び14条1項の両条が競合して問題となるものであるから、各条項の適合性の判断が、相互に密接に関連し、検討に当たって考慮すべき事項が共通することを踏まえ、各別にその合憲性を判断するのではなく、統合して判断すべきであり、その基準としては、「本件規定による規制が重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要する」という点で、多数意見に賛同するものである。そして、本件規定の憲法適合性については憲法22条1項及び14条1項が重畳的に問題になること、その基準の下での判断において、立法府に広い裁量が認められるものではないことも多数意見と理解を共通にする。この点は、取り分け少数者の人権は政治過程に委ねるのでは必ずしも十全に保障されるものとはいい難いことからも基礎づけられると考えられる。
⑵ その上で、本件規定は、被保佐人であることを理由として警備員としての職業への従事を一律に封じるものである。被保佐人は、家庭裁判所によって「精神上の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分である者」(民法11条)であると判断された者であるが、この判断は、不動産の取引等の主として財産上の重要な法律行為について、保佐人による同意という形で本人の判断につき確認の措置を設け、取消権という形で再考の機会を付与し、その意味で被保佐人となる者が単独で有効に法律行為をすることを制限して、その保護を図ることを正当とする、事理弁識能力の著しい不十分さを判断するものである。そして、事実行為としての一般警備活動や交通誘導等、警備業務の内容は多様であることからすると、被保佐人であることという事由は、警備業務に従事するために必要な判断能力という点からは過不足があり得るものであって、警備員としての職業に従事するための判断能力を測る基準としては、全く別の制度の判断の借用にすぎない。その過少性については、 「精神上の障害により事理弁識能力が著しく不十分である者」のうち被保佐人として保佐制度を利用する者が一部にすぎないことから明らかである。保佐開始の審判は申立てに基づいてされるものであり、しかも、現実に、成年後見制度の利用の低調さが問題視され、そのうち圧倒的多数が成年後見の利用であって、保佐はそれ以上に利用が少ないことが繰り返し指摘されてきた。また、過剰性については、本人保護の観点から(主として財産上の)重要な法律行為に求められる判断能力は、事実行為としての警備業務に必要とされる判断能力とは一致せず、前者の点から被保佐人として単独で法律行為をすることに制約を受ける場合も、後者の点では判断能力に問題がない場合もあり得ることから明らかである。
⑶ 以上のように別の制度の判断の借用であって、警備員として必要とされる本来の判断能力を測る点からは過不足のある事由が、本件規定により、警備員の職業従事を一律に制限する事由として採用された理由は、つまびらかにされていない。 本件前身規定により準禁治産者であることを警備員の欠格事由とすることについては、国会の審議においてほとんど言及がなく、その当否や理由について検討された様子もうかがわれない。立案担当者解説においても、警備員の判断能力の確保という概括的な説明以外に説明はなく、また一般的に当時の問題事象から警備員の能力については判断能力よりも自制力の方が重視されており、本件前身規定の理由付けは曖昧である。推測すれば、次の事情を挙げることができる。
一般に、本件前身規定(そのうち判断能力に関わり本件規定へと引き継がれていくのは心神耗弱の準禁治産者類型であるから、以下、本件前身規定についてもその点に特化して述べる。)は、警備業者の法令違反や警備員の非行、業務遂行に適正を欠き事故の発生や被害の拡大を招く不適切事案の多発が社会問題化する中で、警備業自体の発展可能性と有用性を肯定しつつ、警備業務の実施の適正を図るべく、警備業務の質の確保、警備業に対する社会の信頼の確保が急務であったという「立法事実」を前にして、警備員の欠格事由を整備する観点から、医学鑑定を基礎とした家庭裁判所による判断能力についての判断に依拠することで、これに応えようとするものであった。
当時、行為能力制度の理解において、心神耗弱は、意思無能力や心神喪失に比して「精神障害の程度が(中略)不完全ながら判断力を有する者」、具体的には「大体、やや成長した未成年者と同程度の精神能力」と説明されるなど、家庭裁判所による心神耗弱該当性の判断が、あたかも対象となる主体の一般的な判断能力を判断するもののように説明されており、その判断が一般性を持つように捉えられていたことが、本件前身規定を設けるという立法判断を支えていたと思われる。
また、警備員の判断能力については、別途、「精神病者」であることを欠格事由とする規定(以下「「精神病者」規定」という。)が設けられた。「精神病者」と準禁治産者(被保佐人)の実体的要件(「心神耗弱」。精神上の障害による事理弁識能力の著しい不十分さ)との関係は明確ではないものの、前者が認知症高齢者や知的障害者を含むものではないとすると、後者は「精神病」によるものとは限らないため、本件前身規定は、実体的な基準として、「精神病者」規定と重なり得るものの、そのカバーしない部分を補完するものであったといえる。また、両者が重なる部分に関しても、精神病者該当性の判断主体は警備業者であるところ、警備業者による該当性判断については、当時の社会問題化を受けて警備業者の適正化をいかに図るかが課題となっていたため、社会の信頼の確保の点からは十全とはいい難い状況であり、そのような状況を前に、家庭裁判所の判断という信頼の高い類型を、警備業者による判断とは別建てで用意し、警備業者が十分に判断できない場合を補完するという意味を持ち得た。本件前身規定を「精神病者」規定と併用することは、実体的基準としても、判断者の点でも、補完的な意義を有するものであった。
警備員となる者に必要な判断能力を担保するという点からみると、本件前身規定は、その過少性ゆえに実効性に疑問があるものであったが、それは「精神病者」規定によって補完され、また、本件前身規定は、その過剰性ゆえに正当性に疑問のあるものではあったが、上記の「立法事実」を前にして、過剰規制とはなっても、手堅い基準を打ち出すことが重視され、選択されたものであったと見られる。